近藤晃央の経歴は?人気アニメのエンディングやデザイナーとしての活動も!!
シンガーソングライターとして活動している近藤晃央さん。
デビューしてからすぐに宇宙兄弟やNARUTOのdエンディング曲を担当するなど、勢いが止まらない注目のアーティストです。
今回の記事では、近藤晃央さんのこれまでの経歴についてご紹介していきます。
近藤晃央さんは、シンガーソングライター以外にもデザイナーとしても活躍しているようですよ。
記事の後半では、実際に近藤晃央さんがデザインしたグッズもご紹介しておりますので、ぜひ最後までご覧ください。
近藤晃央のプロフィール
近藤晃央さんのプロフィールをご紹介します。
・名前:近藤晃央
・生年月日:1986年8月6日
・出身地:愛知県刈谷市
・血液型:O型
・身長:185cm
・趣味:サッカー、野球 、競馬 、料理、無垢家具、物件内見、スキューバダイビング、スニーカー、田んぼと畑、水族館、運転
・職業:シンガーソングライター、デザイナー
・担当楽器:ボーカル、ギター
近藤晃央の経歴は?
近藤晃央さんは、シンガーソングライターとして活動しています。
作詞や作曲、編曲、弦編曲、アートワーク、ミックス、映像(撮影・編集)、ウェブ、舞台制作なども自ら手掛けるマルチクリエイターとしても有名です。
近藤晃央さんの経歴について詳しく見ていきましょう。
中学時代:ギターを始める
近藤晃央さんは、中学生のときに初めてアコースティックギターに触れて、遊び感覚で弾き語りを始めたそうです。
藤井フミヤさんの「TRUE LOVE」をギターで弾いたことがきっかけで、ギターに歌を乗せる楽しさを知ったのだとか。
ちなみに、藤井フミヤさんの「TRUE LOVE」は音楽の授業の課題曲だったそうです。
そのほかに、人勢を変えたアーティストとして「Hi-STANDARD」と「椎名林檎」さんの名前を上げていました。
Q.人生を変えた!みたいな曲やアーティストさんはいますか?
A.「Hi-STANDARD」と「椎名林檎」さん。昔から聴いてたので、このお二方にお会いさせて頂いた時はさすがに緊張しました。
引用:近藤晃央アメブロ
16歳〜20歳:ライブハウスでアルバイト
16歳から20歳までは、地元のライブハウスでブッキングマネージャーとして働いていたそうです。
中学時代からずっと音楽がそばにある環境で生活していたのですね。
2006年〜2008年:サラリーマンからシンガーソングライターへ
ライブハウスでのアルバイトを経て、一度東京に上京して就職しています。
音楽関係の会社に勤務し、当時結成されたばかりだったももいろクローバーのスタッフとしてメンバーと共に並んでグッズを販売をしていたそうです。
現在でもその経験は活きていて、レコーディングやライブのディレクション、演出、MVの編集、編曲などの多くの業務を自ら行っているのだとか。
そして、23歳になる時には音楽を始めるために会社を退職します。
2009年:路上ライブから音楽活動をスタート!
2009年からは、東京や横浜で路上ライブを始めたそうです。
また、この年にはMySpace主催のオーディションにてグランプリも獲得しています。
活動当初から、持ち前の才能を発揮していたのですね。
2012年1月:東海の星と呼ばれていた
地元の中部地区では、デビュー以前からテレビやラジオ、雑誌などの多くのメディアに出演し、東海の星と呼ばれていたそうです。
かなり期待されていたのですね。
2012年1月8日のウォーカープラスでは、東海エリアの次世代スターを紹介する記事で、「刈谷市出身の美声シンガー!」として紹介されていました。
「23歳になる時に音楽を始めるため会社を辞めました。(どんな音楽をやりたいかと問われると)道標になる音楽も良いけれど、僕は答えを知ってる人間じゃないので一緒に探す音楽を作りたいです」と話す。
今後の目標は「6年構想でフェスですかね」
引用:ウォーカープラス
今ではしっかりと目標を叶えていて、相当な努力家であることがうかがえます。
2012年10月:東京ガールズコレクションに出演!
なんと、デビュー前に東京ガールズコレクションにも出演!
近藤晃央さんは、2012年10月1日のナゴヤドームで行われた、「第2回 東京ガールズコレクション in 名古屋 2012」にオープニングアクトとして登場しました。
「今回の「フルール」は、人を好きになっていく過程で嫌いになる事もある現実的な感情を、散りゆく過程で咲く花と重ねて作った曲です。
アートワークにも曲に込めた意志、意味をぎゅっと詰め込んだつもりです。
見て、感じて、聴いて、感じる。そんな作品になったと信じています!」──近藤晃央
引用:BARKS
デビュー前から相当注目されていたことがわかります。
2012年〜2013年:TOHOシネマズメッセンジャーとして活動
同じく2012年には、TOHOシネマズメッセンジャーとして1年間活動しました。
これは、TOHOシネマズがわいが間に若年層を呼び込むために企画されたものです。
「TOHOシネマズで映画を観よう」と題し、本編前に2分間のショートムービーが流れました。
2012年9月:デビューシングルがランキング1位に!
近藤晃央さんは、2012年9月19日にシングル「フルール」でメジャーデビューを果たします。
全国30局のラジオ局でパワープレイに選ばれて、大手歌詞検索サイトでアクセスランキング1位を獲得!
中部地区の有線チャートでも1位を獲得するなど一気に注目を集めました。
2012年12月:宇宙兄弟のエンディングを担当
セカンドシングルの「テテ」では、宇宙兄弟のエンディングテーマに起用されます。
セカンドシングルから人気アニメのエンディングに起用されるとは、流石ですね!
「テテ」は、2012年度の全国有線問い合わせチャート2位、12月度月間全国総合CSオンエアチャート1位を獲得しています。
2013年:NARUTOのエンディングを担当
続く2013年には、「NARUTO -ナルト- 疾風伝」のエンディング曲を担当。
連続で人気アニメのエンディングに抜擢されています。
その後も、東建コーポレーションのホームメイトTVCMやTBS系ドラマ『ペテロの葬列』主題歌をリリースするなど現在でも順調に活動を継続しています。
近藤晃央の音楽は有名人からも絶賛!
近藤晃央さんは、「強さも弱さも包み込むような日本語詞」と「哀愁を漂わせる和メロ」、「儚さと温かさを有する歌声」が特徴と称され、音楽の才能を数々の著名人に認められています。
ORICON STYLE編集長より
ORICON STYLEの編集長からは、メジャーデビュー当時に「詞、メロディー、声の良さと三拍子揃った注目のシンガー・ソングライター」と紹介されています。
哀愁を帯びた抒情性を感じさせるメロディーのセンス、そして日常の風景や心の中のもどかしさを、さりげなくも重みをもった言葉で聴く人に伝える作詞力、短い言葉で様々なイメージを想起させるタイトル表現力、そして作品力に負けない声の魅力、甘くせつなく聴くものの心に届くその声は、唯一無二の強力な武器で、そういった彼の持つ潜在的な魅力はこの2作品だけでも十分に感じられる。
そして聴き進むにつれ、彼の感受性の豊かさ、言葉のプリズムのようなきらめきにぐいぐいと引き込まれていく。
それはまさに近藤マジックという気がする。
引用:ORICON MUSIC
近藤晃央さんは、元々作詞に定評があるので、多くの人々の心に刺さるような歌詞が多いのでしょう。
小泉孝太郎より
小泉孝太郎さんとは、ドラマ『名もなき毒』のイベントで共演しています。
小泉孝太郎さんは、「僕がドラマで演じている杉村の心の叫びを歌ったような曲でとてもグッとくるんです。撮影期間の3か月は勝手に僕のテーマソング」と称していました。
真矢みきより
真矢みきさんとも共演歴があります。
真矢みきさんは、「聞いたら悪いものが取り除かれるような。体や心の毒を浄化してくれる。」と絶賛しています。
さらに、2022年に行われた自身のディナーショーでも近藤晃央さんの楽曲をカバーするほどの大ファンです。
wacci橋口洋平より
wacciの橋口洋平さんは、2022年6月のクイックジャパンウェブのインタビューで、影響を受けたラブソングの一つとして近藤晃央さんの楽曲「類似」を紹介しています。
自分を好きになれないという共通の悩みを持つ似た者同士のふたりが恋に落ちて、お互いに好きじゃないのに、似てるはずなのにどうして守りたくなるんだろうね、と笑い合ってるような歌で、その視点に打ちのめされました。名曲です。
引用:クイックジャパンウェブ
多くの著名人が近藤晃央さんの楽曲に心を打たれています。
近藤晃央はデザイナーとしても活動していた!!
近藤晃央さんは、シンがソングライターとして活動する前から、グラフィクデザイナーとしても活動しています。
自分のグッズはすべて制作しているそうですよ。
近藤晃央さんの公式Xでは、ご自身がデザインしたパーカーやカレンダーを見ることができます。
その他にも、多くのアーティストやタレントのデザインを手掛けています。
マルチな才能発揮ぶりが素晴らしいですね。
まとめ
今回の記事では、近藤晃央さんの経歴について詳しくご紹介しました。
サラリーマンからシンガーソングライターへ転身し、デビュー後は人気アニメのエンディングを手掛けるほどの実力者。
その他にも、グラフィックデザイナーとしても活躍中。
現在でも順調に活動を継続しています。
多くの著名人からも絶賛されている近藤晃央さんの音楽やデザインは、これからも多くの方の心を惹きつけてやまないでしょう。